出産前後⑩

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

絶望しながら私は動きました。

 

まず主人の会社に電話をして、職場の直通の番号を聞きました。

 

面識のある人が出てくれて、ほっとしたのを覚えています。

 

主人の声も聴けて安心しました。

 

主人の姉が帰宅難民になっていたため、

 

周辺ホテルを当たりましたがどこもダメでした。

 

主人の姉は始発電車で朝早く帰ってきたのですが、

 

その時のお義母さんの緩んだ表情を見て、

 

家族は一緒にいなきゃだめだと思ったのです。

 

震源地も東京でないことが分かり、地震翌日に電車で物件の確認に行きました。

 

すると微動だにしていない物件に、早く入居したいと思うほどでした。

 

担当営業さんにその旨を伝え最短でカギを渡してもらえるように手配を頼みました。

 

義実家に帰宅した夜。24時間空いているスーパーでまとめ買いをしました。

 

3人が2週間生活できる分を目安に買い物をしました。

 

まだ騒動が起こる前の静かな夜でした。

 

ガソリンも満タンにしました。

 

私はそもそもあまり持ち込んでない荷物を一瞬でまとめて

 

娘の荷物もまとめて、夜のうちに羽根木に帰る決断をしたのです。

 

義両親も驚いていました。

 

それでも帰りたかった。死ぬなら主人のそばがいいと思った。

 

道はがらがら、静かすぎる夜でした。

 

人通りも車も、なにもなく、

 

広告の電光掲示板だけが光る不思議な夜でした。

 

羽根木にとりあえずの荷物を持ち込み、娘と二人主人の帰りを待ちました。

 

12時を回るころ帰宅した主人の第一声は、

 

「なんでいるんだ」でした。

 

鍵の引き渡しまで2週間ほどワンルームでの乳児の子育てをしました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。